空手てなに?

空手は、沖縄県から生まれた武術で、沖縄県から日本全国、世界に広まりました。 現在、約165ヶ国、約4千万人〜5千万人の子供からお年寄りまで、さまざまな人々が幅広く行っていると言われています。

空手はいつ生まれたの?

空手は、口伝で密かに伝えられていた為、文書では、余り残っていません。この為、色々な説が有ります。
昔、沖縄県は琉球国と呼ばれ、王様によって治められていました。 琉球国では、15世紀〜16世紀にかけて「倭寇」と呼ばれる海賊が盛んに出没し、空手は、身の安全を守る為に、沖縄独特の護身の武術として生まれました。
また、沖縄では鉄が生産されていなかったことから、鉄が貴重品であり、刀等の武術ではなく、空手や身の回りの生活用具を利用した古武道が発達したとも言われいます。

昔から空手と呼ばれていたの?

昔、空手は「ティー」(手)と呼ばれました。その後は色々な国と貿易している琉球は中国、東南アジア・朝鮮・日本と交流し、それらの国々の多様な文化を取り入れ、「唐手」(トゥーディー)となりました。後に明治から昭和にかけて「空手(からて)」という呼び名が広まりました。

昔の沖縄の空手にはどのような種類があったの?

  王国時代、空手には今のような流派はなく、その地域の特徴から地名を使って呼ばれていました。
1)首里城を中心に発達した「首里手(しゅりて)」
2)商業都市那覇で栄えた「那覇手(なはて)」
3)両者の中間にあった泊村(とまりむら)一帯で栄えた「泊手(とまりて)」

空手は、誰が習っていたの

写真 空手は、門外不出の武術として士族の間に受け継がれて行きました。 しかし、明治に入り、琉球国は沖縄県になり、多く士族が職を失いました。このことで、士族によって受け継がれて来た空手は、士族がいなくなることで、失ってしまう危険が有りましたが、その後、空手は学校体育の中に採用され、一般公開されるようになりました。 大正時代には沖縄県以外に紹介され、昭和の初めには海外に紹介されるようになりました。 第二次世界大戦後(1945年)の沖縄県では、小林流、剛柔流、上地流、等が活発に活動しました。

参考文献:「沖縄空手・古武道クラブ」「沖縄の古武道具鍛錬道具」